論文

2021 / 03 / 30 (Tue.)

ROLES REPORT No.2 小泉 悠『新テクノロジーと安全保障の将来像 技術革新が秩序に及ぼすインパクトとその限界』

はじめに
21世紀に入ってから飛躍的な発展を遂げたテクノロジーは数多い。人工知能(AI)、ロボット工学、合成生物学、3Dプリンティングなどはその代表例であろう 。
こうした新テクノロジーは今後 、経済や産業、社会のあり方に様々な影響を及ぼすものと目されている。  安全保障も例外ではない。火や道具の発見に始まり、航海術、火薬、内燃機関、電信、コンピュータ、原子力といっ た新テクノロジーは、人間の営為としての戦争と常に密接な関連を有していた。20世紀に出現した弾道ミサイルと 核兵器の組み合わせなどはその典型例と言えよう。 
では、21世紀に出現しつつある新テクノロジーは今後の安全保障にどのような影響を及ぼすのだろうか。この点 を検討してみようというのが本稿の趣旨である。  その方法は様々であろうが、本稿ではさしあたり、以下のような方法を採用する。
まず、本稿第1章では、技術革 新の動向に関する議論を概観し、そこから導かれる軍事テクノロジーの変革を類型化するとともに、戦場の将来像 を描き出すことを試みる。したがって、ここではテクノロジーが戦闘のあり方に与える影響、言い換えれば戦術レベ ルでの検討が中心となる。  
続く第2章では、テクノロジーと人間の関係に焦点を当てる。テクノロジーによって労せずして勝利を得られるとか、 危険を冒す必要がなくなるとか、逆に被害が破滅的に拡大するというビジョンは古来から描かれてきたが、歴史は、 そうしたビジョンが必ずしも妥当でなかったことを示している。多くの場合、テクノロジーによる戦闘の革新は思った ほどの効果を生まなかったり、敵の対称・非対称な対抗手段によって効果を減ぜられたりしてきたためである。戦争 を人間の営為として捉えた場合、テクノロジーがどれだけのインパクトを及ぼしうるのか、あるいはその限界はどこ にあるのかを考察するのがここでの主目的である。 
最後の第3章では、戦争の性質そのものを変革する軍事革命と、テクノロジーによる戦闘の変革(軍事技術革命) の関係性について考察する。後述するように、過去のいわゆる軍事革命は必ずしもテクノロジーの発達によって引 き起こされてきたわけではなく、むしろ社会体制や思想上の変革が軍事革命をもたらしたというパターンが多かった。 
このような社会とテクノロジーの関係を念頭に置いた場合、21世紀の新テクノロジーは戦争の何を変え、何を変えないと考えられるだろうか。  本稿全体を通じた結論は、次のとおりである。
第一に、テクノロジーは戦場の光景を大きく変えることになろう。 将来の戦争では交戦の距離・速度・精密性などが極端に増大するとともに、破壊力の増大とより選別的な破壊という一見相反する現象が同時に進行することが予見される。また、今後出現する、あるいはすでに出現しつつある戦闘は、人間の介在を劇的に低下させたり、場合によってはほとんど排除するとともに、戦闘が遂行される領域(ドメイ ン)や遂行主体、戦闘の標的をもかつてない範囲にまで押し広げることになろう。 
しかし、第二に、新たなテクノロジーは簡単な戦争、安全な戦争、戦争の廃絶といったものを(少なくとも予見しう る将来においては)もたらさないだろう。戦争とは、Google のコンテストのようにテクノロジーのスコアを競い合う ものではなく、創意工夫を有する人間が固い決意の下に全力を尽くして戦う営為だからである。 
第三に、テクノロジーのみに拠って戦争の性質が変化することは予期し難い。戦争を含めた人類の社会的活動 が大きな変化に差し掛かっていることは疑いないが、その動因は極めて広範にわたっており、テクノロジーのみによっ て説明しうるものではない。
以上の結論は、しかし、テクノロジーを軽視してよいことを意味しない。むしろ、新たなテクノロジーがもたらす変 革の程度と範囲を、様々なファクターの中で過不足なく捉えることこそが今後の安全保障を考える上での鍵となろう。

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