Commentary

2021 / 05 / 18 (Tue.)

ROLES COMMENTARY No.2 小泉悠「新領域セキュリティの諸課題にいかに取り組むか」

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本稿では、「新領域セキュリティの諸課題に関する分科会」の設立の趣旨と、初年度(2020年度)の活動を振り返っ た上で、初年度の活動によって浮かび上がってきたテーマ群と、それらに取り組む手法、2年度目に目指すものにつ いて概観しておきたい。

1. 本分科会が向き合うもの
「新領域セキュリティの諸課題に関する分科会」は、2020年8月26日の第1回研究会会合に始まり、年度内に6回 開催した。各研究会の開催期日と、報告者・報告タイトルは表 -1に示す。
それぞれの報告内容については今後、ROLES Reportとして順次刊行していく予定であるので、詳細はそちらに 譲るとして、ここでは本分科会が全体として目指すものについて述べてみたい。すなわち、従来の安全保障枠組み においては捉えきれていなかったが、今後の日本が真剣に向き合わざるを得ない課題について先取りして考える場 を作るということである。  冷戦期の安全保障政策において主眼に置かれてきたのは、国家間の戦争をいかに抑止するかという「伝統的安 全保障」であった。冷戦後にはこれがテロ、不拡散、感染症対策などへと広がり、「非伝統的安全保障」と呼ばれる ようになったが、米中露を中心とする大国間競争(great power competition)と呼ばれる状況では、また新たな形 で安全保障を把握することが求められよう。

2. 非軍事的闘争に対する視線
本分科会において中心的なテーマのひとつとなっているのは、非伝統的な方法を以ってする国家間の角逐、たと えば人々の認識を巡って情報空間で展開される闘争である。米国の外交官であったジョージ・ケナンは、共産主義 陣営が自由主義陣営を攻撃するためにこのような闘争を展開していると喝破し、早くも1948年には「政治戦(political warfare)」という概念を提起していた。一方、ロシアの亡命軍事思想家であるエフゲニー・メッスネルは、共産主義体制を攻撃するための手段として人々の心理に訴えかける手段の重要性を繰り返し主張した。  この意味では、人々の認識を巡る国家間闘争という現象は決して目新しいものではないが、これを現代的な文脈 に位置付けるにあたっては考慮すべき点が少なくない。資本主義 vs 共産主義という経済体制を巡る対立が後景に 退き、市場経済体制を共有する自由民主主義国家 vs 権威主義国家という対立が前面に出てきたことはそのひとつ である。また、1990年代の IT(情報技術)革命やこれに続く2000年代の SNS(ソーシャルネットワーキングサービス) の登場により、インターネットは闘争の場としての性格をますます強めつつある。「鉄のカーテン」が取り払われ、ヒト・ モノ・カネの移動が大幅に自由化されたこともここに含めてよいだろう。  つまり、現在の我々が目にしつつある状況は、軍事的・政治的な境界線に沿って引かれた固定的な戦線を挟んで の闘争(メッスネルのいう「線形戦争」)ではない。それは物理空間とバーチャル空間によって密接に結びつきなが らも折り合えない世界観を抱えた主体同士の闘争(「非線形戦争」)なのであって、そこには明確な戦線もなければ、 平時と有事の区別もない。暴力の行使という閾値を超えない範囲であらゆる手段を用い、あらゆる場所と時間に展 開される戦いである。

3. 軍事力の価値とイノヴェーションのインパクト
しかし、現代の安全保障を考える上で、古典的な軍事力の価値が低下したというわけではない。軍事力は現在に 至っても究極的な強制力であり、国家や非国家主体の間における対立・緊張が極限に至った場合には、依然として 決定的な意義を有する。一時期は冷戦の遺物と見られていた核兵器や弾道ミサイルが、結局は現在においても国 際政治上の一大関心事にとどまり続けている所以である。  ただ、その軍事力がいかにして行使されるのかについては、現代的な文脈の中で考慮される必要があろう。多く の論者が指摘するように、1940年代に登場した核兵器は、大国同士が正面切った戦争を行うコストを極限にまで高 めた。現代の先進国が大量の兵士や民間人の死を許容しなくなっていること、そのような倫理的基準が時には敵対 勢力に対してさえ適用されることもここでは考慮に入れるべき要素であろう。また、IT、A(I 人工知能)、ロボット、量子コンピューティング、付加製造技術(3Dプリンター等)の新技術も、軍事 力行使の形を大きく変えつつある。これらのイノヴェーションによって、戦闘はより長距離から、選別的に、高速で行 われるようになり、人間の介在は次第に低下する傾向がある。  軍事力が依然として国際秩序における重要ファクターであるとしても、その行使の形態が「ハイテク第二次世界大戦」 のようなものとはならない可能性は、以上の諸事情に鑑みて非常に高い。

4. 本分科会の研究体制と今後
以上から明らかなとおり、本分科会が挑む現代の安全保障とは、極めて広範で複雑な現象である。伝統的/非伝統的な安全保障ばかりか、こうしたカテゴリーでは取りこぼされていた要素をも汲まずしては、その目的は達成し 得ない。  そこで本分科会では、実務者か研究者かを問わず、またそれぞれの専門が古典的な安全保障の枠内に含まれる か否かを抜きにしてメンバーを構成している。例えば昨今、関心を集めている認知領域での闘争について言えば、 理論的・概念的な研究の最新動向、その現実に直面している現場の声、大国の情報干渉に直面している国々の個別 事情...等を一堂に集め、オープンな議論を行えるのが本分科会の強みである。実際、初年度における本分科会で は、一見結びつきそうもないメンバーたちの専門領域が議論の場で結びつき、一種のシナジー効果をもたらす場面 が少なくなかった。  2年目以降の本分科会では、こうしたシナジーをさらに拡大し、斬新な議論の創出を図っていく。初年度は固定さ れたメンバーによる日本語での議論のみで実施したが、今後は海外を含めた外部のスピーカーを安全保障の専門 家であるか否かにこだわらず招聘していきたい。繰り返し述べたように、現代の安全保障はその多様性と複雑性に 最大の特徴がある以上、「エイリアン」を議論の輪に加え続けることが何よりも重要であると考えるためである。  非国家主体や非軍事手段を交えた戦争遂行方法 --- いわゆる「ハイブリッド戦争」に関する演説で有名なロシア 軍のゲラシモフ参謀総長は、「アイデアは命令からは生まれない」ことを強調している3。新しい視点を設計するのは もとより困難なのであって、ある種の戦略的な突拍子のなさのようなものが必要だということであろう。例えばフラ ンス陸軍は2018年、SF 作家4-5人からなる「レッド・チーム」を編成し、軍人では思い付かないような「混乱のシナリ オ」を考案させるという試みを行なったが、大学内シンクタンクである ROLES という場は、こうした自由闊達な安全 保障の議論と構想を行うのに最適の場である。  また、2年目では、研究成果を報告書として発行することにも力を入れていきたい。限定されているが故に自由なサー クル内部での議論を今度は広く社会と世界に問い、新たな議論へとつなげることがその目的である。

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