●“Building Eternity :The Kami-Human Landscape of Izumo Taisha”
東大先端研創発戦略研究オープンラボ(ROLES)は、2024年10月21日、22日にカリフォルニア大学サンタ・バーバラ校においてDepartment of Religious Studiesとの共催でワークショップ”AnimismToday”を開催した。このワークショップにあたり、日本側からの発題として、出雲大社の遷宮にフォーカスを当てたドキュメンタリー作品“Building Eternity :The Kami-Human Landscape of Izumo Taisha”( 永遠を建てる—出雲大社カミとヒトの風景へ)を制作し、上映をした。
出雲は、日本の神道文化を考える上で特別な場所の一つだ。高天原の最高神・天照大神は地上の葦原中国は自分の子が治めるべきとし、治めていた大国主神に国譲りを求める。その大国主神の拠点が出雲だ。この交渉で、大国主神の住む宮を天にも届くような壮大なものとすることが決まる。天の神と地上の神との互いを尊重したあり方が定められたのだ。
この国譲りの条件にもとづき建てられたのが現在の出雲大社の起源と伝わる。
現在の本殿の高さは24メートル。かつては48メートル、あるいは96メートルの高さがあったとする伝承がある。まさに天に届くような建築だ。しかし古代に可能であったのかは疑問が持たれていた。それが2000年からの発掘により、土中から巨大な柱が発見され、48メートルという高さの建築も不可能ではないことが明らかになった。神々たちの約束は、人間の手で実現されていたといえる。
素材である木は有限の存在である。かつて48メートルであっただろう本殿は、そのままの姿では伝えられず、時代ごとに姿を変えてきた。江戸時代からは60年に一度、神を本殿から遷し、屋根の葺き替えなどの修造を行う「遷宮」を繰り返している。木という有限なものを手入れして永遠のものとする。そこに神殿の命の永続性を願う思いがある。
神話に基づく神殿に命を吹き込み続ける出雲大社の伝統の価値について、アニミズムの文脈で海外の研究者に問いかける。このことを主目的“Building Eternity”は制作された。
その内容は、千家和比古権宮司をはじめとする出雲大社の神職の方のインタビュー、遷宮や柱の発見に関わる資料映像、そして出雲の自然環境を伝えるものとした。UCSBでは、日本研究者以外の、さまざまな学問分野の研究者たちにも鑑賞され、出雲大社の遷宮から、アニミズムと表される日本の宗教文化の特徴について活発な議論が交わされた。
●「古代バビロニアから出雲へ―永遠を目指す神殿―」
“Building Eternity”が描く、神殿の永遠性を希求する姿は、太古からの神殿建築にも通じるものであり、他の宗教文化も巻き込んだ幅広い議論を喚起できるものだろう。そこで2025年1月22日に東京大学ENEOSホールにて上映会を行い、「古代バビロニアから出雲へ―永遠を目指す神殿―」と題するトークイベントを行った。参加者は200人ほどで、学生から研究者、博物館関係者、一般の方など、関心の高さと広がりを実感することができた。スピーカーは次の通りである。
【登壇】
千家和比古(出雲大社権宮司)
月本昭男(立教大学・上智大学名誉教授)
港千尋(多摩美術大学教授、アートとデザインの人類学研究所長、写真家)
平藤喜久子(國學院大學教授、日本文化研究所所長)
【コメント】(録画)
クラウス・アントーニ(テュービンゲン大学教授)
ジャン-ミシェル・ビュテル(フランス国立東洋言語文化大学准教授)
ドキュメンタリーの上映を受けて、まず月本昭男は、文明発祥の地とされる古代オリエントの神殿表象を論じた。メソポタミアでは、泥レンガを使用して高層の神殿ジックラトを建てていた。バビロニアでは神話の「エヌマエリシュ」に神々が天に神殿を作る話が伝えられる。その地上での写しとして90メートルもの高さの神殿が建造されたという。旧約聖書(ヘブライ語聖書)のバベルの塔のモデルである。建造をしたネブカドレツァル2世は、その神殿を「天と地を結ぶ」ものと位置づけた。また、かつてのエルサレム神殿は、ソロモン王によって「永遠のあなた(イスラエルの神)の住まいだ」と祈られている。天と地を結ぶ、神の住む宮殿としての神殿という発想が古代オリエントにあったことを指摘した。
千家権宮司は、「天と地をつなぐ」という古代オリエントの発想は、まさに出雲大社の思想と共通していると指摘する。本殿の中央にもっとも重要な柱があるが、そもそも柱の「はし」とは橋と同じく「二つの世界をつなぐ」という意味を持つと考えられる。出雲大社の柱はもとは掘っ立て柱で土中に建てられる。そして天井には雲の絵が描かれている。雲は天を表す。天を貫くように柱が置かれているということだ。出雲大社の中心の柱は、天と地をつなぐ柱なのだ。ではなぜつなぐ必要があるのか。それは天も地も互いに不完全な存在、相対的な存在であり、その不完全さを互いに補う関係となるためにつながるのだろうと論じた。
図1 千家和比古報告
次に、出雲の縁結び信仰についての研究するジャン-ミシェル・ビュテルは、出雲大社の遷宮にパリのノートルダム寺院の「復活」の共通性を感じたと述べる。ノートルダム寺院は2019年に火災によって壊滅的な被害を受けたが、2024年に「復活」をした。いずれも職人たちの果たした役割がきわめて大きく、先代の職人たちの技を確認しながらさらに次代に継承していくために力を尽くしていた姿が印象深いという。
企画制作者の一人である港千尋は、出雲大社を訪れて心に残るのは、人の手によって作られた奉納物であったという。奉納物も建築も人の手によって有限な存在をつないで永遠性にたどり着こうとするものである。その有り様から、“Building Eternity“(永遠を建てる)というタイトルを構想したという。そしてノートルダム寺院の復活は、長年受け継がれてきた自然環境と技術の存在が可能にしたものである。古代オリエントのジックラト、出雲大社、ノートルダム寺院、いずれも人の手が受け継ぎ、それによって永遠を目指してきたのだろうと述べた。
古事記のドイツ語訳者で出雲神話の研究者であるドイツのクラウス・アントーニは、ドキュメンタリー全体を通して浮かび上がってくる出雲大社の信仰、精神は、日本を越えて世界的な価値を持つのではないかと問いかけた。それに対し千家権宮司は、神話は日本の神々を相対的な存在として描く。それは他者を考えるということである。近代の神道はそのあり方をあまり考慮しなかったようにみえる。出雲大社の存在は、そうした中央へのアンチテーゼともいえる。アンチテーゼの存在は、他者との共存を意識させる。出雲大社は、神殿建築を通し他者とのつながりの必要性を発信しているといえるのではないかと答えた。
時代も地域も遠く離れた古代オリエントと出雲の間に、形は違えども同じように永遠を希求する神殿の祈りが見えてくる。人々の手によって受け継がれ、更新されていく永遠性。そして「天と地をつなぐ」という発想から浮かび上がる異なる他者とのつながりの表現。出雲神話と出雲大社が伝える宗教伝統は、これからの時代に広く世界で共有されていくべき価値として発信できるのではないだろうか。
図2 ホール全体
●ふたたび出雲へ、そして世界へ
この“Building Eternityは、まずアメリカ、サンタ・バーバラで公開され、2025年1月に東京で、そして3月には島根県立美術館で開催される「出雲神話フォーラム2025―出雲が生み出したもの」(3月16日)でも上映される。その後、ヨーロッパなど海外の大学からも上映して欲しいとの要望が出されている。出雲の宗教文化を発信することを通し、あらためて普遍性を持つ信仰のあり方、他者との関わり方と宗教の関係をこれからも問うていきたい。
図3 登壇者・制作者集合写真