コメンタリー

2024 / 09 / 11 (Wed.)

金成隆一「トランプ王国」あれから8年、ラストベルト再訪の旅 第2部 オハイオ州北東部の激震地

「トランプ王国」あれから8年、ラストベルト再訪の旅 第2部 オハイオ州北東部の激震地

オハイオ州北東部では民家や工場の廃屋が目立つ。人通りのほとんどない工場跡地で撮影中、通りかかった車の白人運転手から大声で「get the fuck out of here(とっとと失せろ)!」とすごまれ、一眼レフカメラの露出を調整する間もなかった(2024年7月7日撮影)


 2024年アメリカ大統領選を前に中西部ラストベルト(さび付いた工業地帯)を回る取材はオハイオ州の北東部に入った。第2部はこのエリアの政界関係者の話を伝える。新聞社のニューヨーク支局員だった筆者が2015年以降、時にはアパートに住み込んで継続取材してきた地域だ。今回は夏季休暇を利用して7月にレンタカーで回った。前半ではオハイオ州マホニング郡ヤングスタウン(Youngstown)を、後半では隣接するトランブル郡ウォーレン(Warren)を訪れる。

 ここは、かつては製鉄業や製造業が盛んで、高校卒業後にまじめに働けば、誰もがミドルクラスになれると信じることができた地域。ところが産業の空洞化で工場の閉鎖が相次ぎ、所得水準は下がり、貧困率は3割超。「民主党支持の親に育てられ、自分も迷わずに民主党支持になっていた」と振り返る人が多い、民主党の牙城だったが、2016年以降はトランプ旋風で多くの有権者が共和党に移る「前代未聞の出来事」が起きてきた。

 オハイオ州全体としては、筆者が大統領選取材を担当した2016年は、2大政党のどちらが勝つかわからない「激戦州」の代表のような州だったが、今では共和党が優勢となっている。このオハイオ州の2つの郡で、両党の元幹部に取材し「地殻変動」の今を探った。
 
ヤングスタウンとウォーレンの貧困率や就職率、高等教育を受けた割合(2024年8月末に国勢調査にアクセス)
オハイオ州のヤングスタウンとウォーレン
 
■トランプが半世紀で初めて共和党候補として勝利した町
オハイオ州に入ることを伝える道路標識(2015年12月撮影)

 かつて鉄鋼業が栄えたオハイオ州マホニング郡の中心にヤングスタウンがある。当時は多くの労働者を各地から惹き付け、豊かなミドルクラスの暮らしを実現させた土地だった。ところが1977年に代表的な製鉄所「ヤングスタウン・シート・アンド・チューブ」の閉鎖が発表された頃から、誰の目にも衰退が始まった。今でもこの製鉄所で働いた労働者に出くわすと、閉鎖が発表された日を「ブラック・マンデーの悪夢」と呼び、盛衰を語り出す。

 この街は、アメリカの労働者階級に育ち、反戦や貧困、人種差別など社会の底流に流れる問題をテーマに歌い続ける歌手ブルース・スプリングスティーンが「ヤングスタウン」で労働者の心境を歌ったことでも知られる。その歌詞にもあるように今は衰退してしまい、失業率が高く、貧困率も高く、若者の人口流出も激しい。「ラストベルト」の典型的な町だ。
 
 一帯では多くの労働者が、かつては組合に所属し、大統領選はもちろん、あらゆる選挙で民主党候補を支持してきた。ローカルな役職を決める選挙では、負けるのが自明だったので共和党候補がなかなか出てこないほどだった。

 大統領選では、民主党オバマが2008年も2012年も25ポイント以上の大差で勝利したが、共和党トランプは2016年に3ポイント差に迫り、2020年はついに勝利した。地元紙によると、マホニング郡では1972年以来、大統領選ではずっと民主党が勝っており、トランプの勝利は共和党候補として「ほぼ50年で初めて」の出来事だった[i]

 この激変を目撃してきたのが、この郡の政界関係者だ。
 
若い女性が白目をむいて倒れている写真を使い、オピオイド蔓延を警告するトランブル郡の通りに設置された超大型の看板(2018年1月)
 
■ヒラリー敗北を警告した男に会いに行く
 まずは、民主党の元委員長デビッド・ベトラスだ。地方の民主党トップとして、2016年大統領選の選挙期間中に民主党候補ヒラリー・クリントンに「負けるぞ」と警告メモを送ったことで、全米に報じられた。[ii] 民主党として落としてはいけないオハイオ州などラストベルト諸州で負けそうになっていると確信し、率直に「作戦を見直さないと失敗する」と訴えたのだ。

 メモでは、①クリントンの貿易や経済の主張に労働者が共感していない、②ラストベルトの民主党員がトランプの応援で共和党の予備選に参加している、③この調子では、オハイオ、ミシガンを含め、楽勝のはずの州が接戦になる――と伝えた。
 
デビッド・ベトラス
 筆者がベトラスを初めてインタビューしたのは2017年10月。トランプに負けた民主党の混迷について地方の視点で分析してもらった。[iii] 少々長くなるが、2016年の民主党の敗因を説明しているので抜粋で紹介したい。7年後の今も民主党の弱点を考える上で示唆に富むと思う。
 
 ――かつて民主党を支持した労働者はなぜトランプ氏に流れた?

 「民主党はブルーカラー労働者の暮らしを以前ほど気に掛けなくなった。少なくともそれがこの街の労働者に残した印象です」(中略)

 ――今後、(民主党は戦略を)どう変えるべきか?

 「配管工、美容師、大工、屋根ふき、タイル職人、工場労働者など、両手を汚して働いている人に敬意を伝えるべきです。高等教育が広がっていても、多くの人は学位を持っていない。重労働の価値を認め、仕事の前ではなく、後に(汗を流す)シャワーを浴びる労働者の仕事に価値を認めるべきです。彼らは自らの仕事に誇りを持っている。しかし、民主党の姿勢には敬意が感じられない。『もう両手を使う仕事では食べていけない。教育プログラムを受け、学位を取りなさい。パソコンを使って仕事をしなければダメだ』。そんな政治家の言葉にウンザリなんです」

 「民主党は『労働者、庶民の党』と労働者たちに伝えてきたが、民主党や反トランプ派からはメディアを通じて(性的少数派の人々が)男性用、女性用どっちのトイレを使うべきか、そんな議論ばかりしているように見えた。私が選挙中に聞かされたのは『民主党は雇用より(性的少数者の)便所の話ばかりしている』という不満だったのです」

 ――でも、1960年代以降の公民権運動に象徴されるように民主党は少数派の権利を擁護してきました。米リベラリズムの功績では?

 「その通り。不満を抱く人々、(偏見や差別に)抑圧された側に立つ。それが民主党の品質証明です。でも、順番を間違えてはいけない。雇用や賃金などの労働問題は、万人にとって最大の関心事。これが中央にあるべきです。夕食の卓上を想像して下さい。人工妊娠中絶や性的少数者の権利擁護、『黒人の命も大切だ』運動など、今のリベラル派が重視する争点はどれも大切ですが、選挙ではメインではなく、サイドディッシュです。卓上の中央は常に肉か魚で、労働者の雇用と賃金という経済問題であるべきです。トランプ氏が『今晩のメインは大きなステーキです』と売り込んでいるときに、民主党は『メインはブロッコリー。健康にいい』と言っているように聞こえてしまったのです」

 「そもそも、この地域で民主党支持だった労働者の多くは自らをリベラルとは認識していない。リベラル派の争点は、彼らにとっては最重要ではないからです。労働者の関心は、よい仕事があるか、きちんと家族を養えるか、子どもの誕生日にパイを用意できるか、教育を用意できるか、十分な休暇を取れるか、自分の仕事に誇りを持って引退できるかです。これらが、アイデンティティー政治(=サイドディッシュ)より重点的に扱われなければならないのです」

 「カリフォルニアやニューヨーク両州は民主党が圧倒的に強い。今の民主党にはシリコンバレーなどに住む超富裕層から他のどの地域よりも献金が集まる。彼らが党を本来の争点から遠ざけてしまったと思います」
 
 このインタビューは、筆者にも学びの多いものだった。そのため今回の訪米でも彼に会いに行った。すでに委員長を退き、本業の弁護士業で忙しそうにしていた。
 

■民主党は売り込みが「へたくそ」
オハイオ州の路上で見つけたバイデン支持の看板。今ごろ、ハリス支持のものに建て替えられていることだろう
 
 バイデン民主党政権の評価を聞くと、ベトラスは再びステーキの比喩を使って答えた。

 「あなたの目の前に(有権者にアピールできる)フィレミニヨン・ステーキがある。雇用の記録的な伸び、工業化の復活、株式市場の記録的な高水準、失業率は50年ぶりの低さが続いた。(総額1兆2千億ドル規模の)インフラ投資法案に署名し、(半導体国産化推進のため約530億ドルを半導体産業に投じる)チップス科学法も成立させた。[iv] より多くの国民をオバマケアに加入させた。[v] 民主党政権は、トランプ共和党政権よりも、労働者とミドルクラスのために多くのことを成し遂げた。どんな尺度で見ても素晴らしいことを成し遂げてきた」

 選挙戦で訴えるだけでなく、実際に結果を出したとの主張だ。確かに、ホワイトハウスの主張には、そのほかにもよい数字が並んでいる。「民間部門はアメリカの製造業と電力業界に9千億ドル近く投資し、工場建設は倍増し過去最高に」「前政権後、アメリカは約80万人分の製造業の雇用を創出」「高速鉄道インフラ投資で3万5千人分の建設雇用と、2028年の完成後の常勤職1千人分を創出される。ラスベガスとロサンゼルス間で年800万人の乗客を運ぶと予測。推定95%以上が国内調達の製品と労働力に費やされる」という具合だ。[vi]

 とはいえ、バイデンは支持率で明らかに伸び悩んでいた。ギャロップの7月の世論調査では、仕事ぶりを評価したのは36%で、バイデンの過去最低を記録した。[vii]

 これについてベトラスは、「目の前に並ぶ成果をフィレミニヨン・ステーキであると思っている有権者は少ししかいない。民主党がうまくやれていないのは、自分がやったことを国民に売り込むことだ。一方、トランプは究極のセールスマンで、討論会でもどこでも平気で噓をつく。中流階級の人々が、トランプの噓も手伝い、経済はバイデン政権下よりトランプ政権の方が良かったと信じている」と答えた。

 また、報道機関についても、「統計だけを見れば、民主党政権の仕事ぶりは素晴らしいが、マスコミはバイデンの体力(の衰え)に目を奪われている」とも述べた。

 民主党がやるべきことについて、こう強調した。

 「民主党はシンプルなメッセージで政権の成果を伝えなければならない。多くの人々は自分たちの暮らしに忙殺されている。私が得るような情報を集めたり、読み込んだりする余裕はない。そのため大量に流される、トランプのメッセージを信じてしまうのです」
 
■「もう祈るしかできない」と吐露
デビッド・ベトラス。オハイオ州の民主党関係者の多くは、トランプ主義への対処に苦悩している

 インタビューの最後には、こう本音を吐露した。
 「なぜ人々がそんなに盲目的にトランプに従うのかわからない。トランプに反対する人々も共和党内に5~15%いたが、今では圧倒的な少数派だ。トランプは、思い描いたとおりに共和党を作り替えてしまった。人々がトランプのロゴが入った服を着たり、赤いネクタイを締めたりする様子は恐ろしくて、ほとんどカルトだ」

 共和党がトランプに乗っ取られた結果の一つとして、ベトラスは、共和党が上下両院を握るオハイオ州議会に提出された法案を挙げた。2020年大統領選が「不正操作された」とのトランプの主張を受けたもので、州内の票の集計機械を交換する一方で、有権者が投票用紙を手で数えることを要求できるようにするものという。ベトラスは「いまの共和党は、そんなことをやれば、選挙結果が出るまでに永遠に時間がかかるということも理解できていないようだ」と語った。[viii] 地元紙でも確かに報じられている。[ix]

 ベトラスは、最後はもう祈るしかできない、と言った。
  「共和党の極右勢力が私たちの民主主義を乗っ取らないことを祈るばかりだ。アメリカには取り残された人々が(左右の)中間に多く存在している。右派が、すべての民主党員を左翼の狂人のように描き、民主党がどの共和党員も(陰謀論者として知られる下院議員)マージョリー・テイラー・グリーンであるかのように描くなか、真ん中の人々が選挙戦の行方を決める。彼らが投票ブースに入った後、正しいレバーを引くことを願うしかできない」
 
■ラストベルトで起きている地殻変動
オハイオ州マホニング郡の元共和党委員長マーク・モンロー

 マホニング郡の元民主党委員長に会ったので、次は共和党の元委員長に会いに行こう。
 2010年から2019年まで同郡の共和党委員長を務めたマーク・モンロー。1964年の大統領選で地元にやってきた共和党候補ゴールドウォーターを目撃したことを機に政治に関心を抱き、若い頃から共和党員一筋。1970年代に入ると、マホニング郡で共和党が負けることは当然のようになっていただけに、2016年大統領選の体験はうれしい驚きの連続だった。

 党としての勢いは、まずは党候補を決める予備選にどれだけの有権者が参加(投票)したかで計るのが通例だ。例年1万5千人ほどだったのが、「あの年は2倍以上に増えた。明らかにトランプ人気の影響で、選挙管理委員だった私は結果を聞かされてイスから転げ落ちそうになった」と振り返る。
 
 そのトランプ熱が今も続いているのだという。「厳密に言えば、トランプ熱が(単なる個人の人気を超えて)共和党支持にもつながっている。これは地殻変動と呼べる現象です。トランプが勝つだけではなく、共和党候補が地元選挙で勝ち始めている」

 どうやらオハイオ州に誕生した「トランプ王国」は揺らいでいないらしい。
 
■人気の保安官が共和党に鞍替え、民主党幹部も理解

地元イベントの会場に張り出されていたマホニング郡警察の保安官ジェリー・グリーンのポスター(2018年8月撮影)

最も象徴的な動きは、マホニング郡警察の保安官(Mahoning County Sheriff)ジェリー・グリーンが次の選挙に共和党から出ると決めたことで、地元政界で最大の話題という。保安官は任期4年の公選職で、グリーンは民主党候補として3回連続で当選してきたが、昨年12月に鞍替えを発表したという。

地元紙によると、グリーンは「国政や州政治では、私の意見は(民主党より)共和党により近いと感じている」「国政では共和党の保守運動は、左派より法執行機関をはるかに支持している。私が長い間、悩まされてきたことだ」「自分の信念のために鞍替えの時期が来た」と理由を語った。[x]

 これは明白な鞍替えの説明だ。これに対する民主党側の反応はどうだろうか。

 地元の民主党委員長クリス・アンダーソンは「ジェリー(・グリーン)は傑出した役職者だ」と仕事ぶりを認めた上で、「全国民主党との意見の相違を理由に彼が去っていくのを見るのは残念だ。全国民主党(の振る舞い)が、彼を民主党員と自覚できなくさせたと理解している。私には全国民主党をコントロールする権限が一切ない」と述べた、と地元紙は伝えた。民主党サイドから対抗馬を立てる意図がないことも明らかにしたという。

 国政レベルの民主党に対する、地方の民主党幹部が抱える不満がのぞくようなコメントだった。

 グリーンは2012年、13年間その職を務めた民主党の保安官の後任として選出された。マホニング郡での共和党員の保安官は1976年までさかのぼらないといないという。トランプが大統領選の共和党候補として「ほぼ50年ぶり」にマホニング郡で勝者になったように、共和党員の保安官がほぼ50年ぶりに誕生するのかもしれない。

 さきほど紹介した元民主党トップ、ベトラスが強調したように、ラストベルトのような地方の民主党員が抱えてきた全国民主党への違和感や不満が、ここでも吹き出していると評価できるだろう。

 モンローは毎回、会うたびに同じ趣旨のことを言う。今回もつぶやいた。
 「もしケネディ大統領が現在の大統領選に立候補するなら、保守的すぎて民主党予備選では勝てないので、共和党から出るのではないかね」

オハイオ州マホニング郡の共和党本部に掲げられている絵画。共和党の歴代大統領がテーブルを囲んでいる。手前から時計回りにリンカーン、ブッシュ、レーガン、アイゼンハワー、フォード、トランプ、ニクソンのように見える
 
■トランプ誕生の「グラウンドゼロ」へ
労働者のあこがれの職場だったが閉鎖された自動車大手ゼネラル・モーターズ(GM)のローズタウン工場(2018年11月撮影)
 オハイオ州マホニング郡と北に隣接しているのが同州トランブル郡(人口約20万人)だ。かつて製鉄業や製造業で栄えた「労働者の街」。郡内には、自動車大手ゼネラル・モーターズ(GM)のローズタウン工場があり、労働者のあこがれの職場であり続けたが、トランプ政権下の2018年に工場の生産停止が決まった。産業の空洞化がトランプ旋風の後も続いていることが示された。

 ここでも民主党候補の勝利が当たり前だったが、トランプは2016年大統領選で44年ぶりに共和党候補として勝利し、全米規模でも注目を集めた。ここも「Pivot Counties(方向転換した郡)」の一つである。

 ジャーナリストのファリード・ザカリアは、この地域をトランプの「ラストベルト反乱のグラウンドゼロ(激震地)」と呼び、「アメリカのハートランドが新たなインナーシティーとなった」と続けた。

 ここもペンシルベニア州ルザーン郡と似ていて、民主党オバマが2連勝の後、共和党トランプが2連勝した。とはいえ、ルザーン郡よりも振れ幅が大きく、トランブル郡は「熱烈なオバマ支持」から「トランプ支持」にひっくり返ったと言える。米選挙サイト「バロットペディア」によると、民主党オバマが2008年は22ポイント差、2012年も23ポイント差で圧勝したが、2016年はトランプが6ポイント以上の差で勝利。トランプは一気に約30ポイントをひっくり返したことになり、さらに2020年には差を10ポイント以上にまで広げた。

■置き去りにされた「穏健な民主党員」
日曜日の午前中にスターバックスで取材に応じたダニエル・ポリフカ。胸に名前を記した選挙用シールを貼っていた(2024年7月6日)
 
 
 このオハイオ州トランブル郡の元民主党委員長ダニエル・ポリフカ(61)に面会を求めた。彼は、郡コミッショナー(本人の説明によると、行政機関で町長のような役割を担う)を4期16年間務めてきたが、2020年11月の選挙で共和党候補に敗北。その後、長年務めてきた地元の民主党委員長のポストも選挙で失った。

 今年は11月の郡コミッショナー選挙に再起をかけると聞いていたので、コーヒーに誘っても難しいだろうと思っていたが来てくれた。

 ポリフカは、ラストベルトの典型的な民主党政治家と呼べるだろう。自身のことを「穏健な民主党」「オールドスクールの民主党員」と呼ぶ。初対面の時の自己紹介が印象深い。2017年に初めてインタビューしたときのものだ。

 彼はこう切り出した。「私の名前はダン・ポリフカ。振り出し(社会人のスタート)は、LL935。まあ、ショベルとレイキングの労組だな」

筆者が理解していないことを悟ったポリフカが追加で解説した。高校卒業後、父親と同じく建設業界に進み、重機のオペレーターになった。「LL935」のLLは、レイバー・ローカルの頭文字。「地域労組935」は、トランブル郡ウォーレンに本部を置く、重機オペレーターたちの労働組合だ。

「労働者の街」では、所属労組の番号で自己紹介する人が今もいる。番号さえ言えば、その人がどんな職種についているのかが分かる地域だったのだ。アメリカでは信心深いキリスト教徒の多い南部に行くと、自己紹介の最初に所属教会の名前を言う人がいる。これに似ている。所属労組と所属教会。いずれも地域の人々にとって大切なアイデンティティーになっていることがわかる。
 
■「リベラルに寄ることは民主党を痛める」

 今回、ポリフカと話していると、再び、元大統領ケネディの話題が出てきた。

 共和党への鞍替えを決めたマホニング郡警察の保安官グリーンの話になった時だ。グリーンは昔からの友人だといい、彼の離党に次のように理解を示した。「今の民主党はいくつかの争点でリベラルすぎるし、このあたりの民主党員はケネディ時代の民主党員、さかのぼればトルーマン時代の民主党員だからな。(都市部の民主党より)ずっと穏健だ」。

 「ケネディ・デモクラット」「トルーマン・デモクラット」という言い回しはオハイオ州で政治の話をしていると、よく聞く。先ほど紹介したマホニング郡の元共和党委員長マーク・モンローも、今の民主党の左傾化の説明でケネディに触れた。多くは「穏健な民主党員」や「文化保守の民主党員」という趣旨で使っているようだ。
 
 ポリフカは、選挙に最も影響するテーマは「銃規制問題」で、銃保持の権利を擁護することが他の争点より重要になると指摘した。「民主党は銃規制の推進派というレッテルを貼られるが、私は(武器所持の権利を認めた)憲法修正第2条に賛成だ」

 11月に選挙を控えているためか、いつもより慎重なので、これまでの取材内容も踏まえて整理すると、次のようになる。[xi] ポリフカは「ケネディ時代の民主党」について、こう説明してきた。

 「当時の民主党の考え方は、今ではまるで共和党のように聞こえるだろう。私見だが(今の)民主党は聞こえてくる全てのグループの主張を聞き入れ、彼らを満足させようとしているように感じる。一定の支持を得られるだろうから、それでもいいんだが、この辺りの人々は伝統的なケネディ時代の民主党を求めている。もっと保守的で、もっと『家族の価値』を掲げていた。今とは違った」

 民主党が進むべき道については、こう語った。「この辺りでは、民主党は『働く人々の政党』ってことを強調すればいい。全米規模でも民主党はもっと真ん中に戻る必要がある。リベラルになってはダメだ。リベラルに寄ることは民主党を痛めることになる

 ニューヨークやサンフランシスコなど沿岸部の都市圏で暮らすリベラル派と、中西部のような内陸部の穏健派という民主党内の溝は大きくなるばかりだという。「私たちはもっと保守的で、家族の価値、労働者の権利、武器を携行する権利を訴える。この辺りには、LGBTQ(性的少数派)とか『黒人の生命も大切だ』運動にうんざりしている人々がいる。それらも大事だが、ただ過剰だった」

 「民主党候補は、もっと労働者の権利を中心に訴えた方がいい。私も10歳の頃から新聞配達で働き始め、16歳で市の公園整備に携わり、高卒後はずっと建設業だ。父も週7日間働いていたから、それが当たり前だった」

 民主党をもっと穏健派の立場に戻さないと中西部での支持は取り戻せないという主張だ。
 
■看板屋の息子から共和党委員長に
オハイオ州トランブル郡の元共和党幹部、ランディ・ロー

 次はオハイオ州トランブル郡の元共和党幹部、ランディ・ローに会いに行った。トランプを正式に大統領に指名した米共和党全国大会に参加した代議員の1人。いわゆる地元政治の有力者だ。

 幼少期から、多くの政界関係者を知っていた。理由は、父親が看板を専門に作るペンキ職人だったからだ。選挙用の看板を求めて地元の政界関係者が実家に相談にやってくる。路上などに置く看板は党派を問わず必須アイテムなので、民主党と共和党の関係者も出入りしていたという。

 ランディ少年が気に入ったのは共和党だった。高校時代から戸別訪問を手伝うようになり、今も「最初が1976年共和党予備選に挑んだロナルド・レーガン(この年は現職大統領フォードに負けた)だったんだ」と懐かしそうに振り返る、根っからの政治好き。
 
■2016年の予測「38%の壁」
「もう十分でしょ? (民主党から)立ち去ろう、共和党に投票しよう」との手製の看板をつくるトランプ支持者(2018年11月撮影)

 ローは、筆者が駐在していたころは地元の共和党委員長で、1票にもつながらない海外メディア記者の筆者の取材にも応じ、ラストベルトで起きている「異変」を最初に教えてくれた人物だ。当時、彼は「異変」を次のように語っていた。トランプが予備選を勝ち抜いて共和党の正式候補になるとも、ましてや大統領選で勝利するとも、ほとんどの人が思っていなかった2016年3月のことだ。

 「最近、労働組合員で、これまで一度も共和党を支持したことのない典型的な民主党支持の労働者たちが私の元にやってきて、トランプについて『彼のような大統領候補を待っていた』と打ち明ける。ここは資金も票も、その多くが民主党に流れる街だった。それが今になって共和党の支持者が2倍に増えた。1万4400人だった共和党としての登録者(一般有権者)が、予備選後に約2万9000人になった。前代未聞の増え方だ」

 その上で、鋭い見通しを示した。トランプの得票率がこれまでの共和党候補の限界だった「38%の壁」を大きく超えるとの予測だった。記録を見れば、トランブル郡では2008年も2012年も民主党のオバマに全体の6割の票を奪われ、共和党候補の得票率は約38%にとどまった。共和党のブッシュが当選した2000年と2004年でさえ、このトランブル郡でのブッシュの得票率はやはり38%に届いていなかった。全米の傾向に関係なく、トランブル郡で共和党候補は「38%の壁」を突破できていなかったのだ。

 筆者は話半分に聞いていたが、実際にトランプの得票率は50%を突破した。そんな経緯もあり、今回の訪米でどうしても会いたかった人物の一人だ。今回の大統領選をどう見ているのか。
 
■中西部3州は「全勝か全敗かのどっちかになる」
トランプ支持を呼びかける支持者手製のヤードサイン。10ドルが寄付金になる(2024年7月)

 ローが持論を語った。
 「誰もが言うように、今回の大統領選でもペンシルベニアとミシガン、ウィスコンシンの中西部3州がカギを握る。共和党候補は3州で全勝するか、全敗するかのどちらかになる。3州でカギを握る有権者がそっくりだからだ。選挙ごとに共和党と民主党の間を行ったり来たりする『揺れる有権者』がいて、その人たちにとっての重要な争点が3州で同じということだ

 ローに言われて、確認すると、1992年以降の全ての大統領選で、ペンシルベニアミシガンウィスコンシン3州の結果は同じだった。2016年にトランプが3勝した以外は、どの年も民主党候補が3勝していた。

 では、3州の行方を決める今年の「争点」は何か。

 「それは10月~11月に決まる。経済か、もしくは、まだ起きていない何らかの世界情勢のいずれかになる。世界情勢で何かが起きれば、それへの現政権の対応で決まる。このままであれば、経済が最大の争点になる。中西部では、ほぼ全員が毎週ガソリンを購入し、車を運転している。ガソリン価格は明らかに高い。有権者は体験的に感じている。もう一つは食費。食料品店に行けば、インフレであらゆるものの価格が上がっている。牛乳、タマゴ、シリアルと毎日買うものの価格が上がっている。賃金の上昇率がインフレに追いついていない。富裕層は気づきもしないが、『揺れる有権者』はインフレに敏感だ」

 とはいえ、民主党側は「バイデン政権の3年間で1500万人分の雇用を創出した。4年任期を務めたどの政権をも上回る」と経済政策の成果をアピールしているのでは[xii]、と指摘すると、ローは「そんなメッセージは、ガソリン代や食費の支払いで日々痛みを感じている有権者には響かない」と答えた。日々の出費で感じる「痛み」に勝るものはない、というわけだ。

 その上で「あなたが横断してきたアパラチア山地だけでなく、広大なアメリカ大陸には様々な資源が地下に眠っている。米国は、これらをクリーンに効率的に採掘する方法も知っている。採掘すれば豊かになり、(国家としての)エネルギーの自立も達成できる。ところが一方のサイド(民主党)は『掘るな』『××するな』と規制をかける。人々がシリアル(食材)を苦労なく購入できているうちはそれでもいいかもしれないが、今はそんな状況ではない」と主張した。

 そして、こう続けた。
 「最近は、人々が(手元の現金を)ガソリン購入に充てるために住宅ローンを組むようになっていると聞く。米国のどこにも資源がないなら話は別だが、穴を掘れば、そこに資源がある。それなのに米国はその道を放棄している。資源も採掘能力もあるのに、民主党の(環境)規制が妨げているのです。本当にもどかしい」
 
■1番、2番、3番の重要争点は経済、4番が不法移民
オハイオ州ローズタウンにあるUAW本部に掲げられているオバマ大統領のパネル
 
 国際情勢の激変がなければ、経済がやはり最重要の争点になるのかと確認すると、こう答えた。

 「最重要は経済、2番目も経済、3番目も経済。4番目が不法移民(illegal immigration)だ」と整理した。「よく共和党の主張を歪めて、移民全般に反対しているかのように批判する人がいるが、『常識の範囲の移民(common sense immigration)』受け入れに反対する人はいない。私の先祖だって、全員がエリス島から正規に入国した移民だ」

 今はその「常識の範囲」を超えている、と主張した。

 「違法に入国した移民にまで、無料の携帯電話や医療が提供されているようだ。彼らがニューヨーク市内の五つ星ホテルで暮らしているともテレビで見た。そのコストを支払っているのは私たちだ。こんな制度が永続するわけがない。私たちが(海外から)求めているのは、働く意欲のある人材。自活できない人々を受け入れることはよくない」

 では「常識の範囲」とは、どんな移民なのか。
 
 「入国したら英語を学ぶ。子どもには英語を学ばせる。移民家族とは、家の中で出身地の言葉を話し、文化と伝統を維持するかもしれないが、英語を学び、アメリカ社会に同化するものだった。さっきテーブルに挨拶にきた(喫茶店の)店長は、ギリシャ移民の第三世代。ギリシャ語もわかるけど、とうぜん英語も話す。彼の祖父母が移民一世で喫茶店を始めた。あの世代は、みんな生きるために働いた。汚くて汗まみれにもなる製鉄所や炭鉱で働いた。少しお金を貯めて、子どもに教育を受けさせ、子どもたちには学位を取得させ、『(私よりも)よい仕事』に就け、と伝えた。そのために親は身体や健康を損ねてでも働いた。その繰り返しだったが、今はあまりに移民の姿が変わり、多くの人が納得していない」

■移民政策へ誤認も

 「不法に滞在している移民」がアメリカで過大な支援やサービスを受けているという主張は、筆者は共和党の支持者から多く聞いてきた。トランプを支持する層で、広く共有されている感情(認識)であることは間違いなさそうだ。無償で提供されているサービスとして「スマホ」や「医療サービス(Health Coverage)」「住まい」を挙げる人が多い。

 これらは、どこまで事実なのか。
 
スマホについて、AP通信のファクトチェックは、「米政府が、違法に越境してきた移民に無制限のテキストメッセージとネット利用が可能なスマホを支給している」との主張を「誤り」とする。[xiii] 移民関税執行局(ICE)は確かに一部の移民に電話を与えているが、居場所の監視のためのアプリにのみアクセスできる。ネット閲覧や通話はできないという。

 医療サービスについては、NPRによると、州によって対応が大きく異なる。[xiv] 無許可の滞在者を含む移民に、税金で運営されている健康保険プログラムを提供する州は増加している。11州とワシントンDCは、滞在資格に関係なく100万人以上の低所得の移民に健康保険を提供していて、多くは滞在許可を持たない。少なくとも7州が新たに加わる可能性があり、この対象者は倍増する可能性がある。2023年には共和党優勢のユタ州でも滞在資格の有無に関係なく子どもの医療を保障するようになったという。

 住まいについて、ファクトチェック専門サイト「ポリティファクト」が検証している。[xv] それによると、トランプ支持の団体は「バイデン大統領は、不法滞在者の家賃を払っている」と広告で主張したが、検証結果は「誤り」という。この広告が指摘したのは、ミシガン州が移民に家賃補助する制度で、州政府と連邦政府の予算が使われているが、連邦政府の資金は不法入国した人々などの支援には使えない。​対象者は在留資格を持つ移民で、月額最大500ドルの家賃補助が最長1年間、家主に直接払われる。対象者には、入国を許可されたウクライナやアフガニスタンからの難民や亡命者が含まれるという。

 ただし、ニューヨーク市が、中南米などから無資格で入国した10万人超の移民にシェルター(保護施設)を提供しているのは事実で、コロナ禍で休業に追い込まれたホテルなどが利用されている。カリフォルニア州議会では、「不法越境を促すだけだ」との共和党の反対を押し切り、滞在資格を持たない移民の住宅購入を支援する法案を採択した。[xvi]

 他にも、既に入国している目の前の移民らの境遇の悪化を放置するわけにもいかず、打ち出された施策は多くあるはずだ。こうした民主党が主導する大都市の施策が単純化されて保守系のメディアで伝えられ、「民主党が不法移民をホテルなどに無料で住まわせている」との理解が広まっている可能性がある。

政界に転身する前の2017年にオハイオ州でインタビューに応じたJ.D.ヴァンス
 ところで、今回のインタビューでローが話したもので、その後すぐに実現したものが1点あった。地元オハイオ州選出の上院議員ヴァンスが、トランプの副大統領候補に指名されたことだ。

 ローはインタビューで「ヴァンスはトランプの大のお気に入り。トランプは、宗教的な贖い(redemption)が大好きだ。『ネバー・トランプ』の立場からトランプを痛烈に批判していたヴァンスは、徐々にトランプに肯定的になり、上院選で当選を助けてもらって『完全支持』に変わった。ヴァンスになる可能性が高く、そうなればオハイオ州でのトランプの勝利は確実になる」と話していた。

 ローの見立ては、オハイオ州では妥当かもしれない。ただ、選挙戦のカギを握ることになる激戦州の郊外の女性票などには同じようには影響しないだろう。

 本章では、オハイオ州北東部の政界関係者の話から、2016年以来の「トランプ人気」を止められず、支持者の「流出」に嘆く民主党と、逆に勢いに乗る共和党の様子を見た。次回の第3章では、激戦州ミシガンの「郊外の女性」の一人に会いに行く。(敬称略)

[i] Julie Washington, “Ohio’s Mahoning County flips red for first time in nearly 50 years”, cleveland.com, Nov. 03, 2020
[ii] Fareed Zakaria, CNN's Special Report "Why Trump Won", aired August 7, 2017
[iii]金成隆一、「インタビュー 米民主党、苦悩の背景 民主党敗北を警告していたラストベルトの党委員長、デビッド・ベトラスさん」(朝日新聞、2017年11月16日朝刊、リンク切れ)
[iv] The White House FACT SHEET: CHIPS and Science Act Will Lower Costs, Create Jobs, Strengthen Supply Chains, and Counter China, August 09, 2022
[v] The White House, “Statement from President Joe Biden on Historic 20 Million Enrollees in Affordable Care Act Health Care”, January 10, 2024
[vi] The White House FACT SHEET: Biden-⁠Harris Administration’s Progress Creating a Future Made in America, July 24, 2024
[vii] Biden's Approval Rating Hit New Low Before Exit From Race, Of the previous 13 presidents, eight had lower individual approval ratings than Biden by Megan Brenan, July 23, 2024
[viii]オハイオ州では、共和党が州知事や州務長官、司法長官、州議会両院を掌握している。Ballotpedia, Party control of Ohio state government.
[ix] Andrew Tobias, “Ohio Republican bill would require replacement of voting machines, allow hand-counting of ballots”, Cleveland.com and The Plain Dealer, Jun. 10, 2024
[x] DAVID SKOLNICK, “ Mahoning sheriff switches parties, files as a Republican” Dec 19, 2023
[xi]金成隆一「(特派員リポート@ラストベルト)米リベラル派の行方、敗者と飲む」(朝日新聞2018年8月8日、リンク切れ)
[xii]バイデンの主張は間違ってはいないが、新型コロナ禍のパンデミックという、雇用が激減した異例の時期に就任したため、米CNNのファクトチェックは「他の時期との有意な比較が非常に困難であることに注意が必要」と指摘している。CNN, March 8, 2024, “Fact checking President Joe Biden’s State of the Union”
[xiii] MELISSA GOLDIN, “Phones given to US immigrants have limited uses”, AP May 25, 2023
[xiv]Phil Galewitz, “More states extend health coverage to immigrants even as issue inflames GOP”, NPR December 29, 2023
[xv] Maria Ramirez Uribe, “MAGA Inc stated on April 25, 2024 in an ad: President Joe Biden is paying rent for immigrants illegally in the country”, PolitiFact, May 9, 2024
[xvi] Karen Garcia, “California lawmakers approve bill to extend home mortgage aid to undocumented immigrants”, LA Times Aug. 29, 2024

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