コメンタリー

2024 / 05 / 03 (Fri.)

ROLES COMMENTARY No. 20 石本凌也「包括的で重層的な『グローバル・パートナーシップ』:主体性を見せた岸田首相の訪米」

 2024年4月8日から14日にかけて、岸田文雄首相はアメリカ合衆国(以下、米国)を訪問した。2015年の安倍晋三元首相以来、9年ぶりの国賓待遇での公式訪米である。最初の目的地であるワシントンD.C.では、バイデン(Joseph R. Biden Jr.)大統領との日米首脳会談や公式晩餐会に出席し、米国連邦議会上下両院合同会議において演説を行なった。その後、初めて開催された日米比首脳会合にも参加している。ノースカロライナ州に移動した後には、現地の日系企業の視察や関係者との懇談、日本語学習者との懇談、さらにはクーパー(Roy Cooper)州知事夫妻との昼食会に出席した[i]
 今回の岸田首相の訪米を通して日米両国が示した一番のメッセージは、日米同盟は二国間や地域にとどまらず、国際社会の問題に取り組む「グローバルなもの」であるという点であり、それを繰り返し、かつ前面に押し出して強調した点は重要である。確かに、冷戦終結後、いわゆる「漂流」の時代を乗り越え、「再定義」される過程において、日米同盟は「グローバルなもの」としての位置づけがなされ始めた。1992年の「日米グローバル・パートナーシップに関する東京宣言」および「日米グローバル・パートナーシップ行動計画」、翌年の「日米の新たなパートナーシップのための枠組みに関する共同声明」、そして97年の「新たな日米防衛協力のための指針(新ガイドライン)」と、グローバルな領域における日米協力が示され[ii]、それ以降もこの考え方は踏襲されていく。しかしながら、言わずもがな、90年代と今日では、日米両国を取り巻く国際環境が大きく異なっているだけでなく、それぞれの国内事情も変化している。同じ言葉を使っても、その関係の実態は変わっているのである。
 そこで本稿では、今次日米両国が示した「グローバル・パートナーシップ」の特徴を、3つのキーワード――①包括性、②日米を中心とした重層性、③「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序」を守るという目的に基づいて分析・考察してみたい。その上で、岸田首相が米国連邦議会で行なった演説のポイントを「主体性」という観点から整理し、今回の訪米を振り返る。
 
◾️包括性とその背景

 今次示された「グローバル・パートナーシップ」の第1の特徴は、その包括性である。防衛・安全保障の強化、月面での有人宇宙飛行協力を中心とした宇宙における協力、AIや量子、半導体やクリーン・エネルギーといった幅広な領域を対象とする経済安全保障やイノベーション、気候変動対策、さらには、開発における連携といった項目が挙げられている。外務省が発出したファクトシートを見ると、これからの日米協力に関する数十もの項目が示されており[iii]、昨年行われた日米首脳会談の際に出された共同声明やファクトシートと比べても、その包括性は明白である。
 それも単なる項目の列挙にとどまるものではなく、具体策を伴っている点は重要である。崇高な理念のみが描かれているわけでもない。ビジョンと具体的な取り組みの計画が併記されている。このことは、日米両国が結束していることを示すだけでなく、どのような国際秩序を目指し、維持するかといった考えを両国が共有していることの証左としてみなすこともできよう。
 他方、こうした具体策を伴った包括的な取り決めがなされた背景には、日米両国が抱える国内問題があったと考えられる。米国に関しては、多くの識者が指摘するように「トランプの陰」があったことは間違いない[iv]。「もしトラ」が実現した場合、トランプ政権は通算2期目ということとなり、再選を考える必要はなくなる。1期目よりもレガシー作りに奔走する可能性も大いにありうるだろう。予測可能性があまりにも低下する前に、バイデン政権下で日米が共通の価値観に立ち、日米関係を重視している姿勢を見せつけ、その関係を深化・制度化していく方針を示したことは何ら不思議なことではない。日米首脳会談の前に行われた、サリバン(Jacob J. Sullivan)国家安全保障問題担当大統領補佐官へのNHKのインタビューを見ても、その姿勢は明らかである[v]
 日本でも、9月には自由民主党の総裁選が行われる。岸田首相は、再選に向けて国内の支持率を回復させる必要がある。彼の得意な外交において、政治資金問題への国民の不満を少しでも払拭しなければならないが、外交によって得られた支持率増加は長持ちしない傾向がある。再選に向けた道のりはなだらかではなく、次の総裁は誰になるかわからない中で、岸田=バイデンというケミストリーの合うリーダーの下で、日米同盟の強化、制度化を進める誘因が働くことは想像に難くない(事実、4月27日に行われた3つの衆議院補欠選挙において自民党は敗れた)。
 いずれにしても、両国ともに国内問題を抱えており、こうした点からも具体的かつ包括的な成果が必要だったと考えられる。
 
◾️日米を中心とした重層的な防衛・安全保障協力の強化

 第2の特徴は、日米を中心とした重層的な防衛・安全保障協力の強化が謳われたことである。日米首脳共同声明およびファクトシートを見れば、包括的な取り決めの中でも、防衛・安全保障協力の強化が両国の最優先事項であることは一目瞭然である。包括的であることが、そこに優先順位がないことを意味するわけではない。
 防衛・安全保障については、「同盟の指揮・統制の向上」が第1に謳われ、「シームレスな統合」および「自衛隊と米軍との間の相互運用性及び計画策定」を強化することが確認された。2024年度末に自衛隊が「統合作戦司令部」を新たに創設することも、この文脈に含まれるものである。また、防衛および抑止体制を強化するための反撃能力を効果的に開発・運用していくための施作も示された。米国は、日本がトマホークの運用能力を持つための訓練や艦艇の改修を行うという。このように、冒頭では、日米二国間の防衛・安全保障関係強化の方針が掲げられている。
 加えて、日米は「志を同じくする地域のパートナーとの関係」を構築し、協力を強化していく姿勢も併せて示した。日米両国は、日米豪の間で防空をめぐる協力を進め、AUKUS諸国と日本の協力を検討している。さらに、昨年のキャンプ・デービット会談が象徴した日米韓の枠組みの強化や日米英の三ヵ国共同訓練など、「ネットワーク化された地域安全保障」の強化も推し進めている。この日米首脳共同声明が発表された翌日に、初めての日米比首脳会談が行われている。もちろん、従来推し進めてきたQUADの枠組みも健在である。
 その中でも、今回特に重要なのは、「ネットワーク化された地域安全保障」のアーキテクチャーが変容したということである。米国が東アジアで展開していた、米国を中心とする二国間関係の束、いわゆる「ハブ・アンド・スポーク」型ではなく、日米を中心とした重層的な構造を構築し、それを広げていく方針が示された[vi]。これは、日米関係が東アジアにおける安全保障アーキテクチャーのコーナーストーンかつ、キーストーンになっていることを示しており、日米関係の位置づけや、日米関係における日本の立ち位置が大きく変化したことを表している。米国の「新たな頼みの綱は日本」であり[vii]、日本も「米国の最も緊密な同盟国としての役割を真剣に受け止めている[viii]」という状況がはっきりと示されており、地域安全保障においても「グローバル・パートナー」が主たる役割を担うという姿勢を両国は示したのである。
 このことは、拒否的抑止力の強化の観点から非常に高く評価できる。志を同じくするパートナーとの重層的な安全保障構造を構築することによって、現状を変更しようとする勢力は、より一層の高いコストを支払わなければ、いかなる行動も取ることはできないというメッセージを明確に示すことにつながるからである。そうしたアーキテクチャーのコアを米国に任せ、日本はサポートするという姿勢ではなく、日本自体も中枢に位置し、そこで役割を果たすという姿勢を示したことは今回の重要なポイントといえよう。この点は、岸田首相による米国連邦議会での演説にも見て取れるため、改めてそこで触れたい。
 
◾️「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序」を守るという目的

 第3の特徴は、上記のように抑止力を強化する一方で、必ずしも中国に対抗すること自体が、日米「グローバル・パートナーシップ」の目的ではないという点である。日米首脳共同声明の3段落目にあるように、「パートナーとしての我々の目的は、多数の国々が発展し繁栄することを可能にしてきた、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を堅持し、強化すること」であって、特定の国に対するものではない。あくまでも、グローバルな秩序を守ることが目的であり、それに対して挑戦してくる国家がいるがゆえに、日米は手を打っているというロジックが見て取れるのである[ix]
 こうした論理づけは、対話の機会をもたらすものとして評価できる。日本も米国も「志を同じくするパートナー」の国々も、それぞれに優先する利益や考え方にバリエーションがあり、それに基づいて中国と協力できる点も模索している。こうした状況において、「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序」を守ることが目的であり、それへの挑戦者に手を打つという論理は役に立つ。この論理であれば、挑戦国に対する抑止力を強化しながら、同時に対話を模索し、続けていくことは矛盾しないからである。
 実際に、バイデン政権も「米国と中国は多面的に競争しているが、対立や衝突を求めているわけではない。我々は責任を持って競争を管理し、中国と協力できるところは協力しようと考えている」との立場を示している[x]。日本も、中国との関係においては、「戦略的互恵関係」を推進する旨を5年ぶりに『外交青書』へ明記した[xi]。中国の現状変更的な行動を抑止しながら、協力できる点では協力を進めることで「競争を管理」し、グローバルな秩序を維持していく。こうした方針を、今回改めて日米両国は示したように思われる。
 
◾️岸田首相が示した日本の主体性

 最後に、岸田首相の米国連邦議会上下両院合同会議における演説の特徴について触れたい。ここでのキーワードは、主体性である。日本の首相による米国連邦議会での演説は、今回で5人目であり、上下両院合同会議における演説としては、2015年の安倍晋三首相以来の2人目となるものであった。
 35分に渡って行われた演説において、岸田首相は、国際秩序が新たな挑戦に直面し、日米は「人類史の次の時代を決定づける分かれ目」にいるという現状認識を示した上で、「日本は既に、米国と肩を組んで共に立ち上がって」おり、「自由、民主主義、法の支配を守る」ために、米国の「未来のためのグローバル・パートナー」であり続けるというメッセージを披露した[xii]
 岸田首相は、国際秩序を守るために、これまで米国が果たしてきた中心的な役割を今後も担っていくことを必要としていると述べながらも、一方で、「一部の米国国民の心の内で、世界における自国のあるべき役割について、自己疑念を持たれている」ことに触れ、「世界は米国のリーダーシップを当てにしていますが、米国は、助けもなく、たった一人で、国際秩序を守ることを強いられる理由はありません」と「孤独感や疲労を感じている米国の国民」の考え方に理解を示した。その上で、以下のように述べ、国際秩序を守る日米関係、さらには日本の立ち位置を表現した。

 「自由と民主主義」という名の宇宙船で……共にデッキに立ち、任務に従事し、そしてなすべきことをする、その準備はできています。世界中の民主主義国は、総力を挙げて取り組まなければなりません。皆様、日本は既に、米国と肩を組んで共に立ち上がっています。米国は独りではありません。日本は米国と共にあります。
 
 2022年12月の国家安全保障戦略の改定に始まる一連の日本の努力、取り組みを示すことで、日本も米国と共に、国際秩序を守る役割を担っていく意思を有し、それを実行に移していることを岸田首相は強調した。「自由、民主主義、法の支配を守る」ことは「日本の国益」だという表現が、演説では用いられている。ここに、日本が今後果たそうとする役割に対する主体性が見て取れる。米国の国力や国際社会における地位が相対的に低下した穴を日本が埋めるといった、消極的な理由でないことは明らかである。
 とはいえ、米国のリーダーシップは不可欠である。結語で述べられた、「日本が米国の最も近い同盟国としての役割をどれほど真剣に受け止めているか。このことを、皆様に知っていただきたい」という言葉は、日本の主体性を強調する意思表示であると同時に、分断の状況にある米国連邦議会議員へ同盟の重要性を訴えるメッセージであったともいえるだろう[xiii]
 
◾️結びにかえて

 ここまで、日米両国が示した「グローバル・パートナーシップ」の特徴を3つのキーワードに基づいて分析・整理した上で、岸田首相が米国連邦議会で行なった演説のポイントを「主体性」という観点から振り返ってきた。全体を通して、非常に前向きかつ緊密さを感じられるものであり、「結束している日米同盟」という印象を与えたことは間違いない。特に日米両国が、「未来のための」、「未来に向けて」というように、「これから」のことを語ったことの意味は大きい。ゆえに、次の問題は、それを実際に実現できるかどうかである。単なる政治的スローガンに留めてはならない。
 日本においては、22年12月の国家安全保障戦略の改定をスタート・ポイントとし、着実に中身を履行する必要がある。実態とイメージが相違することは避けなければならない。期待させた分、失望は大きくなる。そのためにも、より現実的なマクロな視点が必要であろう。これからの日本において、人口は減り続けるし、少子化も止まらない。社会保障費も上がり続ける。こうした中で、どのように人材を確保し、また、「外交・安全保障政策」としてバランスを取っていくのか。総体的な外交・安全保障政策の中で、こうした点も考えていかなければならないだろう。
 米国においても、「分断」した国内状況が直ちに改善される見込みはないし、大統領選挙も控えている。「矛盾と均衡の国アメリカ」の物語は続く[xiv]。決して米国も盤石ではない。そうした中で、堅固な「グローバル・パートナーシップ」としての日米関係を強化、維持していかなければならない。今回の岸田首相の訪米は、そうした難題へ向かっていく日米両国の決意表明として理解していいようにも思われる。


[i]外務省「岸田総理大臣の米国公式訪問(令和6年4月8日〜14日)」2024年4月12日、
https://www.mofa.go.jp/mofaj/na/na1/us/pageit_000001_00001.html(2024年5月2日最終閲覧、webサイトは以下同じ)。
[ii]それぞれの具体的な内容については、データベース「世界と日本」の「日米関係資料集1991-2023」
https://worldjpn.net/documents/indices/JPUS/index91-10.htmlから確認できる。
[iii]外務省「ファクトシート:岸田総理大臣の国賓待遇での米国公式訪問」2024年4月10日、
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100652150.pdf
[iv] NHK「”もしトラ”の中での国賓訪米 その思惑は?」2024年4月12日、
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240412/k10014416451000.html;秋山裕之「日米首脳、共同声明を発表 対中国にらみ抑止力統合」日本経済新聞、2024年4月10日、
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA0713C0X00C24A4000000/;Peter Baker and Michael D. Shear, “U.S. and Japan to Tighten Ties in Face of China Aggression,” The New York Times, April 11, 2024.
[v] NHK「バイデン政権のキーパーソンに聞く」2024年4月10日、
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240410/k10014418111000.html
[vi]秋山「日米首脳、共同声明を発表 対中国にらみ抑止力統合」に掲載されている図がイメージを掴むにはわかりやすい。
[vii] Jeffrey W. Hornung, “America’s Best Friend in Asia: The Case for Elevating the U.S. Alliance With Japan,” Foreign Affairs, April 10, 2024,
https://www.foreignaffairs.com/united-states/americas-best-friend-asia.
[viii] Sheila A. Smith, “Prime Minister Kishida’s Tour de Force,” Council on Foreign Relations, April 15, 2024,
https://www.cfr.org/blog/prime-minister-kishidas-tour-de-force-0.
[ix]この点、以下の論考も同様の評価を行っている。渡部恒雄「岸田総理の米国公式訪問:日米首脳共同声明(2024.4)」笹川平和財団日米関係インサイト、2024年4月12日、
https://www.spf.org/jpus-insights/ideas-and-analyses/20240412nabetsune.html
[x] White House, “Remarks by National Security Advisor Jake Sullivan on Renewing American Economic Leadership at the Brookings Institution,” April 27, 2023,
https://www.whitehouse.gov/briefing-room/speeches-remarks/2023/04/27/remarks-by-national-security-advisor-jake-sullivan-on-renewing-american-economic-leadership-at-the-brookings-institution/. 一方で、ポッティンジャー(Matt Pottinger)とギャラガー(Mike Gallagher)が、米国は「競争の管理」ではなく勝利を目指すべきであるとの論考を発表したが、中国を全面的な敵対国として位置づけることによって生じるコストと目的が見合ってないように思われる点、示されている手段が「競争の管理」の延長線上にあるように思われる点などから、筆者はこうした考えには懐疑的である。Matt Pottinger and Mike Gallagher, “No Substitute for Victory: America’s Competition With China Must Be Won, Not Managed,” Foreign Affairs, Vol. 103, Issue 3 (May/ June 2024), pp. 25-39.
[xi]外務省『令和6年度版 外交青書』2024年4月、
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100653233.pdf、16、44頁。
[xii]全文は以下。外務省「米国連邦議会上下両院合同会議における岸田総理大臣の演説『未来に向けて 〜我々のグローバル・パートナーシップ〜』」2024年4月11日、
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100652739.pdf
[xiii]この点、以下の論考も同様の評価を行っている。吉崎達彦「溜池通信」Vol. 787、2024年4月19日、
http://tameike.net/pdfs8/tame787.PDF、3頁。
[xiv]阿川尚之『どのアメリカ?矛盾と均衡の大国』(ミネルヴァ書房、2021年)。

Recent Publication

Commentary

2024.07.19 (Fri.)

China’s activities in the South China Sea (ROLES SAT ANALYSIS No.8)

#China

#South China Sea

研究会「安全保障政策研究のための衛星画像分析」

コメンタリー

2024.07.16 (火)

田中祐真「2022年夏以降のウズベキスタン内政の動き ―「改革者」の権威主義への回帰?―」(ROLES Commentary No. 26)

#中央アジア

#ウズベキスタン

研究会「ロシア・ウクライナ戦争の背景・展望・帰結」

Commentary

2024.06.22 (Sat.)

Moves to conduct nuclear tests in China – Image analysis of the Lop Nur nuclear test site – (ROLES SAT ANALYSIS No. 7)

#China

#nuclear test

研究会「安全保障政策研究のための衛星画像分析」