論文

2023 / 06 / 16 (Fri.)

ROLES REPORT No.25 桒原響子「カナダの偽情報対策にみる 成果と課題: 日本へのインプリケーション」

 今日、世界ではかつてないほど偽情報に対する注目が集まっている。いうまでもなく、偽情報は新しい安全保 障の課題ではない。しかし、インターネットの普及およびソーシャルメディアの社会への浸透がデジタル偽情報の 生成・拡散を容易にし、偽情報の影響による社会および政治の混乱拡大を余儀無くした。2016年の米国大統領 選挙をはじめ、新型コロナウイルスの世界的蔓延を経験し、ロシアによるウクライナ侵略を目の当たりにして、世 界中の国や地域が、偽情報に対する脅威認識を格段に増大させている。最近では、これに人工知能(AI)技術 の飛躍的進展が加わり、認知領域における新たな安全保障の課題を突きつけている。
  外国勢力による偽情報の拡散(以下、偽情報キャンペーン)は、相手国の社会に既に存在する分断の要素や 特定の分裂的なナラティブを刺激し、それを増幅することによって、社会を不安定化し、民主的プロセスに大きな 影響を与えるために用いられる。米国をはじめとする欧米諸国にとって、2016年米大統領選挙は重大なウェイク アップコールの一つとなり、ロシアなどの権威主義国家が展開する偽情報キャンペーンに警戒し、政府機関をはじ めグーグル(Google)やフェイスブック(Facebook)、ツイッター(Twitter)などのテック・ジャイアントやプラ ットフォーム企業、研究機関などが偽情報対策を行い、偽情報が社会に浸透しないような情報環境づくりに腐心 している。また、主要7カ国(G7)をはじめ、北大西洋条約機構(NATO)や欧州連合(EU)などの加盟国は、 偽情報との戦いの中で、民主主義の価値を共有するパートナーと偽情報対策分野における協力の拡大も進めてい る。
  一方、日本では偽情報の脅威への感度が低く、対策においても遅れをとってきたが、2022年12月、日本政府 は国家安全保障戦略を含む安全保障関連3文書を閣議決定する中で、政府全体として偽情報対策に取り組む方針 を打ち出した。
  上記の状況を踏まえ、本稿では、G7メンバーであり、NATOやファイブ・アイズのメンバーの中でも偽情報対 策に積極的な国の一つであるカナダに焦点を当て、同国における偽情報対策について考察する。日本とカナダは、 政治、経済、文化などの結びつきが強く、共通の価値観を有しており、最近のカナダでは日本との偽情報対策協 力強化を模索する動きもある。他方、現時点で、カナダにおける偽情報に関する課題への取り組みの状況を整理 し、その課題に焦点を当てた日本語の文献は見当たらず、カナダを事例に、民主主義国家の取り組みとそれが直 面する共通の課題を明らかにすることは、日本の偽情報対策の針路を検討する上で意義があると考える。具体的 には、カナダが実施する偽情報対策の全体像を把握するため、カナダの対露・対中政策や、情報エコシステム、 政府の偽情報対策に至るまでの意思決定プロセス、産学官民のアプローチの実態、各対策における課題などを明 らかにする。


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